(muhuhuから)
iPhoneカメラで食べ物写真を一眼風に加工するコツ || ImageLogic -web design, development, photography and more-
(edieeleeから)
(出典: thepursuitaesthetic、edieeleeから)
いろんな学生に聞いたら、ハロワについてはだいたいこんな答えがかえってきた。俺が「こんな感じ?」って聞いて「そうそう」ってかえってきたやつも含む。
・ハロワが紹介してるような中小企業に「感情移入」できない
・そういうところに行くモチベーションがわかない
・「50代ぐらいのおっさんがいくとこ」っていうイメージ
・「ガチの失業者がいくとこ」っていうイメージ
・そもそも最初から選択肢に入っていない
・「お役所」っていう感じ
・まわりの誰も行ってない
たいへん興味深い。じゃあ逆に、おまえらにとって就活って何なん? って聞いたら、
・大学の行事
・みんなで一緒にやるもの
・大学の授業の一環
・サークルみたい
もちろん「じゃないことはわかってるけどそんな感じ」っていうことなんやけど、これはもうほんとに「はああああああ、なるほどなああああ」って思った。
— シューカツと就活のあいだ | sociologbook (via clione)(clioneから)
俺、老人苦手。
「おばあちゃんこ」とか「おじいちゃんこ」とかってスゴイ。
老人慣れしてるヤツってスゴイ。
電車で席も譲れない。話しかけるの怖い。
年に一回くらい田舎に連れて行かれた時の祖父母との対応に常にいっぱいいっぱい。
敬語で喋っていいんだか、親に話すみたいに普通にしていいんだかわからなくて、困る。
胃が痛くなる。
親がいなくなると、話題ゼロ。
田舎帰るの嫌い。
で、中学に入ってからは、部活や何だとかいって、親の帰省に付き合わなくなる。
高校に入る頃には祖父母なんて、一番他人に近い知り合い程度の認識。
ところが、
去年、じいちゃんが死んだ。
葬式はさすがに帰省。
正直、神妙な面持ちをするのが精一杯。全然、涙でない。感情移入できない。
ばあちゃんにも、結局、何も声かけれず。一言も話さず。
それから一年。
親父がいきなり
「ばあちゃんを東京に呼ぼうと思うんだけど、いいか?」
発言。
いやいやいやいや、ないないない。
とか、とても言えない。
親父曰く、ばあちゃんは、このところ体調を崩しがちで、入退院を繰り返していて、
一人で暮らしていくのは厳しいと医者から言われたらしい。
いや、うん、でも、えーと。
俺だけではなく、何となくどんよりとした空気が家族に流れる。
誰も反対しなかったけど、なんかみんな歯切れが悪い。
母さんも「部屋をどうするの」とか「手すり」がどうとか、ネガティブ発言。
妹は「なんでウチなのー?お父さん末っ子なのにー」とか言って雷落ちる。
で、先月、ついにばあちゃんが福島から東京の我が家に越してきた。
母さん余所行きの笑顔。
妹、部屋から出てこない。
俺の部屋にじいちゃんの仏壇置かれる。夜怖い。
福島の家は売って、荷物もほとんど処分したみたいだけど、ばあちゃん、変な自転車持ってくる。六蔵って書いてある。
すげぇ古い。じいちゃんの形見っぽい自転車。錆びすぎ。ちょっと邪魔。
そんな感じで、ギクシャクした生活が続く。
母さんと気の使い合い。
たまに作るばあちゃんの飯の味付けがイマイチ。出てくる料理も見慣れない。
家でリラックスできない。
ばあちゃんもばあちゃんで、あんまり喋らない。
2週間前のこと、うちにばあちゃん宛の手紙が来る。
入院してた病院の看護婦さんかららしい。
その看護婦さんはじいちゃんが亡くなるときも立ち会った人みたいで、
手紙の内容は、まぁなんつーか、その時のことをつらつら。
じいちゃんの最期はとても感動的だったらしく、
ばあちゃんがじいちゃんの手を握りながら、
「もっと一緒に暮らしましょうよ。もっとお話しましょうよ。
もっと私を怒ってくださいよ。もっと色々なところ旅行に行きましょうよ。
死ぬときは一緒ですよ。もっと一緒にいたいですよ。ずっと一緒ですよ。」
と何度も何度も語りかけながら亡くなってたらしい。
10代で結婚し80年連れ添った二人に凄く感動した、という内容が9割で、
あと1割、新しい環境で元気にやっていますか?という手紙だった。
その日の夕方、ばあちゃんが我が家を震撼させる発言をした。
「自転車の練習をしてみようと思うのだけど、ユウちゃん教えてくれる?」
ユウちゃんは、俺。
ばあちゃんは90オーバー。
さすがに止めた。
ばあちゃん、自転車経験もちろんゼロ。
先月まで、病院でリハビリとかしてた人。
家族、総出で止めた。
全然、折れない。唯一の戦前生まれ。
朝には母さんが諦めたように「ユウちゃん頼むね、見てあげて」と言った。
あと、「絶対絶対絶対、ケガさせないでね!寝たきりなんかになったら、ほんとに困るからね!」と小声で念押し。
その日から、近所の公園で俺とばあちゃんの不毛な特訓が始まる。
話なんて、そんなしたこともないから、黙々とやる。
敬語。目、合わせない感じ。
やや呆れ気味で、練習開始。
はっきり言って、全然乗れない。
足をペダルに乗せる段階から無理。
跨いでサドルに乗るとこまでに2日費やす。
ペダル漕ぐとか、全然別の次元。
二日間、俺はひたすら自転車がこけないように支え続けるのみ。
毎日帰り道、10分間のばあちゃんとの会話が苦痛。
「今、学校ではどんな勉強をしてるの?」
「ユウちゃんは昔から、算数がよくできたからねー」
そればっか。
じいちゃんの自転車がガコガコガコガコいう音ばかりが目立つ。
三日目にして、俺ギブアップ。
買い物行くのを理由に、帰りはじいちゃんの自転車に乗って、先に帰ってくる。
んで、気付いた。
サドル高すぎ。
油をさして、錆びだらけの自転車のサドルを一番低くする。
翌日、どうにかこうにか、跨ることができる。
「ありがとね、ユウちゃん、ありがとね」
拝まれる。
でも90歳のバランス感覚は風前のともしび。
漕ぐとか本当、別次元。
なのに、めちゃくちゃのハンドルさばきで漕ごうとする。
俺、自転車支えるっていうより、抱えてる感じ。
全身筋肉痛。
この頃になると、帰り道は第二次世界大戦話。
空襲とかを家財道具を抱えて逃げまどった話とか聞くと、自転車くらい乗れる気がしてくる。
10日する頃には、どうにか漕いでる。
ただ後ろは支えてないと絶対無理レベル。ふらふらなんてもんじゃない。ドリフだ。
で、ある日、変な石に乗り上げちゃって、
支えてたけど、二人で転んでしまった。
ばあちゃんは思いっきり足と肘とこめかみの辺を擦り剥いた。
血が出てる。
死んだんじゃないかって本気で思った。
救急車呼ぼうかと思った。
ちっちゃい子どもが転ぶような微笑ましさは全くない。
俺、さすがにショック。
ばあちゃんも、とても怖かったようでショック。
家に帰って、母さんに一方的に怒られて、俺は思わず部屋で泣いた。
その日の夕飯、ばあちゃんが話す。
じいちゃんが病気になるまでずっと自転車で町内の牛乳配りをしてたこと。
それは割と町内でも有名で、手紙をくれた看護婦さんも、そんなじいちゃんをよく見てたこと。
六蔵さんの自転車の音がすると元気が出ると評判だったこと。
そんなじいちゃんの自転車に乗れるようになって「心配しないでね」って「みんなも元気で」って
町のみんなに手紙を書きたかった、と。
福島で生まれて、福島で生きてきた。
90年暮らした土地を離れて、人生の最後に、俺んちに来たばあちゃん。
「んだ、全然だめだったぁーって手紙書くからねー。ユウちゃんありがとねー」
と言う。
次の日、昨日言った通り、練習は無し。もう無し。
洗濯物を畳んでるばあちゃんに、何か言いたいけど、何も言えない。
すると夕方、親父がスゴイ勢いで帰ってくる。
「ユウ、庭でコレつけろ!ばあちゃん、自転車に補助輪つけっから!
もう一回乗ってみろ!」
親父、補助輪買ってきた。
それを見て呆れた妹は、バレーの練習に使ってるサポーターをばあちゃんに渡した。
母さんの夕食のメニューがほとんどタンパク質中心になった。
バカ家族。
それから、我が家では夕方になると、家族総出で公園。
公園で自転車の練習。
そしてついに昨日、俺が支えることなく、15メートルくらい漕ぐことができた。
それを見て興奮した母さんが、ダッシュで家に戻って、息を切らせて公園に戻ってきた。
「ビデオ!お父さん、ビデオ!」つって。
で、まるで我が子の自転車デビューを撮影するかのように、
90歳のはじめての自転車を撮影。
公園の端から端。
「ばあちゃん、手離すよ!行け!」
ばあちゃんがカメラを持ってる親父のところまで、必死に自転車を漕ぐ。
ヨロヨロと。ガタガタと。でもまっすぐと。
「行けっ!行けっ!」
「いいぞっ!いいぞっ!」
ばあちゃんの後ろ姿に、声つまる。
親父の声も、裏返ってる。
20メートルくらい、新記録を漕いだ。
すげえ。すごい。すごい!
親父のカメラの前で半分こける感じで自転車を降りて、ばあちゃんはカメラの前にピースして大笑い。
俺は、ばあちゃんに何か言おうと駆け寄るけど、声にならなくて、
目を反らした先の自転車に書かれたじいちゃんの名前を見て、もう たまらなくなってしまった。
骨張って、角張って、マジックでしっかりと「六蔵」って書かれてた。
あの日、死んじゃったのは、この人なんだな。
なんで、死んじゃったんだよ、じいちゃん。
ばあちゃん、自転車乗っちゃったんだぞ、って。
その日、撮ったビデオは、家で再生すると、ブルブル震えすぎで、とても見れたもんじゃなかった。
親父、感動しすぎ。
もうスタートから、涙ぐんじゃって、ばあちゃん ぼやけて見えなかった、らしい。
仕方ないから、福島へは写真を送ることになった。
それからも ばあちゃんは、ちょっとした出先に六蔵自転車で行く。
もっと一緒に暮らしましょうよ。
もっと色々なところ旅行に行きましょうよ。
もっと一緒にいたいですよ。
ずっと一緒ですよ。
を体現してるみたいに。
— ばあちゃんと自転車 (via mcsgsym)(clioneから)
これぞ日本語の美しさ。
●驟雨(しゅうう)
突然降り出す雨。俄雨(にわかあめ)。たいてい入道雲ができて雷と共に降ってきます。
●地雨(じあめ)
しとしとと振りつづく雨。纏わり付くようなうっとおしい雨。
●肘かさ雨(ひじかさあめ)
急に降り出した雨。肘を傘の代わりにして軒先まで走る様子からこう呼ばれています。
●篠突く雨(しのつくあめ)
篠とは群生する細い竹のことで、篠を束ねて突きおろすように激しく降る雨です。
まさに槍が降っているようですね。
●村雨(むらさめ)
群雨/叢雨ともかく。群になって降る雨。玉が散っているような雨のことです。
●怪雨(あやしあめ)
花粉、黄砂、火山灰などいろいろな塵が混じって降る雨のことです。
●天泣(てんきゅう)
空に雲が無いのに細かい雨が降ってくることです。狐の嫁入りとも呼びますね
●外待雨(ほまちあめ)
自分の畑だけに降るような雨、局地的な雨のこと。近畿地方では私雨も呼びます。
梅雨が付く雨の呼び名
●入梅(にゅうばい)
梅雨に入る事をこう呼びます。最近はかなりおおまかになりましたね。
●栗花落(ついり)
梅雨入りのことです。この頃は栗の花が散るのでこう呼びますが、「堕栗花(ついり)」という字で表現する事も有ります。
●五月雨(さみだれ)
梅雨のことです。旧暦の5月に降る雨ですので今の暦ではちょうど梅雨時期ですね。
●梅雨(つゆ)
江戸時代頃から「ばいう」→「つゆ」と呼ばれるようになりました。漬「ついゆ」などが語源とされています。
●菜種梅雨(なたねつゆ)
3月下旬から4月 菜種の生る頃にかけて関東よりも西の地域で天気がぐずつくことです。
●走り梅雨(はしりづゆ)
5月の中旬から下旬にかけて梅雨を思わせるようなぐずついた天気が続く事です。
●送り梅雨(おくりづゆ)
梅雨があける頃の雨の呼び名です。
●戻り梅雨(もどりづゆ)
梅雨があけたと思ったらまた雨が降り続く事です。
●空梅雨(からづゆ)
雨の少ない梅雨の事です。
●山茶花梅雨(さざんかつゆ)
初冬に比較的短い期間ぐずつく雨のことです。
季節による雨の呼び名
●時雨(しぐれ)
晩秋から初冬にかけて、ざっと降ったかと思ったら、すぐに青空が戻ってくるような雨です。
●村時雨(むらしぐれ)
ひとしきり強く降っては通り過ぎてゆく雨のことです。
●片時雨(かたしぐれ)
ひとところに振るの時雨のことです。
●横時雨(よこしぐれ)
横殴りに降る時雨のことです。
●春時雨(はるしぐれ)
春なのに時雨を思わせるほどの冷たい雨の事です。
●小糠雨(こぬかあめ)
春先にしとしとと降る霧雨。ひそか雨とも呼ばれます。
●春雨(はるさめ)
いつまでも降り続く地雨のようなしっとりした雨。春の後半の菜種梅雨の頃の雨です。「春雨だ濡れて参ろう」なんて粋な台詞が有りましたね。
●春霖(しゅんりん)
3月から4月にかけて天気がぐずつく時期のこと。春の長雨とも呼ばれますが。地方によっては菜種梅雨と呼ばれます。
●翠雨(すいう)
青葉に降りかかる雨の事です。
●緑雨(りょくう)
新緑の頃に降る雨の事です。
●麦雨(ばくう)
麦の熟する頃に降る雨の事です。
●甘雨(かんう)
草木を潤う雨の事です。
●瑞雨(ずいう)
穀物の成長を助ける雨の事です。
●卯の花腐し(うのはなくたし)
旧暦の4月から5月の卯の花が咲く頃に降る雨。この頃の曇り空を卯の花曇と呼びます。
●秋霖(しゅうりん)
秋の長雨のことです。
日にち限定の雨の呼び名
●虎が雨(とらがあめ)
旧暦5月28日頃にに降る雨です。有名な仇討ち話で 曽我兄弟の仇討ちというのが有りますが、見事本懐を遂げたのが旧暦の5月28日、その時曽我兄弟の兄曽我十郎は取り巻きの武士に斬られて討ち死にしますが、彼には恋人がいました。それが「大磯の虎」とも呼ばれた遊女、虎御前で、彼女が悲しんで流す涙が命日に雨となって降ると言われ「虎が雨」と呼ばれるようになったと言う事です。
●洗車雨(せんしゃう)
旧暦7月6日に降る雨です。彦星が織姫に会う為に牛車を洗う水が雨になると言われています。
●酒涙雨(さいるいう)
旧暦7月7日に降る雨です。これは雨のために会えなかったということでは無く、年に一度しか会えない惜別の想いの涙だと言われています。
●御山洗(おやまあらい)
旧暦7月26日に降る雨。山の不浄を洗い清める雨です。
●半夏雨(はんげあめ)
夏至から数えて11日目の半夏生の日に降る雨です。
●寒九の雨(かんくのあめ)
寒に入って9日目に降る雨。豊年万作の兆しといわれます。
その他
●作り雨(つくりあめ)
打ち水のことをこう呼びます。
●樹雨(きさめ)
濃霧の森を歩いているときに木の葉からしたたり落ちてくる雨の事です。
http://fritha.cocolog-nifty.com/wordsworth/2007/02/post_7b50.html (via k-tsukudani)
ほぉ~こんなにあるのか、雨の呼び方。
(via mayoshima)
(clioneから)
Alexandra Karasyova by Ekaterina Belova
(samplerから)
逢沢りな
(samplerから)
Ayano Omoto 大本彩乃 (Perfume)
(出典: lovetheperfume、samplerから)